<精霊の守り人>

2007・11・14

 「精霊の守り人」は、少年ガンガンで2007年4月号より開始された連載で、同名の原作小説、及びそのアニメ版のコミカライズ作品にあたります。アニメに連動したメディアミックス的な企画として、07年4月からのアニメ放映と時期を合わせて連載が開始されました。コミック化の担当作家は、ガンガン系ではベテラン作家として著名な藤原カムイ
 原作小説は、非常に高い評価を受けているハイ・ファンタジー作品であり、そのアニメ版も高クオリティで、こちらも高い評価を受けました。このコミック版は、それらに比べるとかなり地味な扱いで、知名度は低いと思われますが、それでも他と同様の高いクオリティを維持しています。ガンガンの中でも高年齢向け、大人向けの志向が強く目立つ作風でもあり、全体的に低年齢向けの路線を取っている今のガンガンでは、相当に異質な(浮いた)イメージの作品となっています。

 コミック化を担当した藤原カムイは、ガンガンではあの「ロトの紋章」を代表とした「ドラクエ作家」として有名で、この連載の前にも、同じガンガンで「ドラゴンクエスト エデンの戦士たち」を連載していました。しかし、その連載は、2006年1月をもって「第一部完」の触れ込みと共に中断となり、しかしいつまでも再開することなく、その上で、この「精霊の守り人」を連載することになりました。藤原カムイ本人としては、いずれ「エデン」の連載を再開する心積もりだったらしいのですが、ガンガン編集部の「精霊の守り人」のメディアミックス企画の要請に従い、こちらの連載を優先することになったようです。「エデン」の連載をそのまま中断にしておきながら、他の連載をやらせるという編集部の方針には、少々疑問が拭えません。しかし、担当を任された藤原カムイは、それでもきっちりと仕事をこなし、地味ながらも優秀な良作に仕上げています。

 ただ、作品自体の完成度は問題ありませんが、今のガンガンでは、このような高年齢向け・大人向けな作品は注目されておらず、雑誌内での扱いは非常に地味な状態が続いています。今のガンガンの読者でも、これを熱心に読んでいる人は少ないのではないでしょうか。いい作品ではあるものの、雑誌内での存在感の薄さが、非常に懸念されます。


・「精霊の守り人」とは?
 「精霊の守り人」の原作は、上橋菜穂子によるファンタジー小説です。児童文学として扱われていますが、読者層には高年齢の人も数多く、むしろ大人向けの印象も強い作品となっています。さらに、これは、重厚な世界観を特徴とする、いわゆる「ハイ・ファンタジー」と呼ばれることも多い作品です。これは、ライト感覚で描かれたRPG、ゲーム的なファンタジー(ライトファンタジー)とは区別されることが多く、より重厚でシビアな世界観と作りこまれた設定が特徴とされることが多いようです。この作品もまたしかりで、作者の上橋さんが文化人類学者ということもあり、自身の専門分野でもある「アジア」的な世界観をよく体現しており、「アジアン・ファンタジー」と呼ばれることもあります。
 さらに、この「精霊の守り人」は、のちに「守り人シリーズ」と呼ばれるシリーズ作品の第一作であり、その後10作まで続く大作の一節をなしています。シリーズの評価は非常に高く、最近では、これを日本でも第一のファンタジー作品として評価する声もあり、中でも第一作であるこの「精霊の守り人」は、特に多くの人に名作として知られているようです。

 そして、このような評価の高まりを受けて、2007年4月にNHK-BS2でアニメ化されます。そして、このアニメの完成度も非常に高く、昨今のTVアニメとは一線を画するほどの優れた作画レベルと、原作を忠実に再現した重厚なストーリーで、一般層を中心にやはり非常な高評価を獲得したようです。硬派な作風から、コアなアニメマニア層にはあまり縁がなかったようで、そちらではさほど大きな話題にはなりませんでしたが、その一方で、一般層のアニメ視聴者の間での評価には、実に侮れないものがあります(2007年11月より再放送中)。

 そして、このコミック版の「精霊の守り人」ですが、こちらは原作やアニメに比べれば圧倒的に知名度は低く、正直あまり大きな存在にはなっていないようです。少年ガンガンという月刊誌の連載で、アニメよりもペースが遅く、かつ前述のように雑誌の中では異質な雰囲気の作品ということで、雑誌読者にも注目されていないことが大きく響いているようです。しかし、それでもコミック化を担当した藤原カムイの実力には確かなものがあり、これも決して劣る作品ではありません。


・藤原カムイの圧倒的な画力は健在。
 まず、この作品は、やはり原作の重厚な世界観を高いレベルで再現した、極めて高い画力に見るべきものがあります。藤原カムイの作画は、どの作品においても実に安定していますが、この「精霊の守り人」の作画は、他の作品よりも一段と優れているように感じます。

 まず、なんといっても、重厚な雰囲気に満ちた背景描写が素晴らしい。原作の世界観をそのままマンガの世界に持ってきたかのような、その再現力は大いに評価されるべきでしょう。特にカラーページが絶品で、鮮やかな緑と泥臭い土の茶色が、アジア的、日本的な自然をよく表現しています。その中に混ざる女主人公・バルサの赤い服装も、ひときわ鮮烈な印象を与えます。
 ここまで背景描写が優れているのは、この作品の世界観が、かつての藤原カムイの連載と似ているところがあるからかもしれません。かつての長期連載「雷火」は、邪馬台国時代の古代日本を舞台にしたバトルファンタジーで、奇しくもこの「精霊の守り人」の世界観と非常に近いものがありました。また、あの「ロトの紋章」でも、同じようなアジア的、日本的な舞台が登場したことがありました(「ジパング編」)。つまり、カムイさんは、すでにこれらの作品によって、この手の世界観を「描き慣れて」おり、いわば作者の「得意分野」であるとも言えるのです。そう考えれば、これだけの高レベル極まる背景描写も十分納得できます。

 背景だけでなく、キャラクターひとりひとりの人物描写もレベルが高い。その者の内面まで描くかのような、精緻な筆致で重厚な人物たちを描き切っています。高年齢の人物がかなり見られるのも特徴で、主人公にして30歳の女用心棒・バルサを始め、それ以上に壮齢・老齢の人物も多い。そして、こういった人物にこそ、より内面の重みが感じられるような、卓越した描写がみられます。アニメ版のキャラクターと比べても違和感がほとんどなく、アニメの絵柄の雰囲気をよく再現している点も評価が高い。原作付きのコミック作品の絵柄としては、パーフェクトに近い仕事をしていると言えます。


・ひとりひとりの人物に焦点を当てた重厚なストーリー。
 そして、ストーリーへの気配りも見逃せません。基本的にはアニメ版のストーリーをベースに、ところどころで原作小説の要素を採り入れているようですが、こちらもうまくコミック化しています。月刊ペースでアニメよりも遅いこともあって、一回一回の連載ごとに、誰か少数のキャラクターに焦点を当て、その者の人となりや物語での役割をきっちりと見せつつ、背後で大きなストーリーもゆっくりと進んでいくというスタイルを取っています。じっくりと個々のキャラクター、出来事に焦点を当てていくため、その分各人物の内面が非常に深く描かれています。

 この物語の大まかなストーリーは、各地を放浪する身である女用心棒(短槍使い)のバルサが、「水の精霊の卵」を宿した皇子チャグムを助け、彼を殺そうとする皇国の追っ手から逃避行を続けるというもの。バルサとチャグムの二人が物語の中心ですが、それに幾人もの人物が絡んできて、それぞれが重厚な人間模様を見せます。二人を追う皇帝直属の特務部隊である「狩人」の強面たち、バルサを助けるパートナーで実直な男であるタンダ、その師匠で飄々とした呪術師の老婆トロガイ、新ヨゴ皇国の聖導師見習いで誠実な青年のシュガと、バルサにとって敵となる皇国側の人間と、そして味方となる人々と、その両者をそれぞれじっくりと描いています。最初のうちは、バルサとチャグムふたりの逃避行が物語の中心でしたが、連載が進むにつれて、彼ら周りを固める人物たちを単独で扱う話が多数登場するようになり、より多層的で重厚な物語が展開していきます。

 ただ、その分ストーリーの展開は遅く、テンポよく進んでいく物語を楽しむという要素には乏しいため、その点では地味な感は否めないかもしれません。むしろ、個々の人物の掘り下げをじっくりと味わうことが、この作品の肝であると言えます。


・「当たれば即死」のリアルでシビアな戦闘シーン。
 そしてもうひとつ、この物語の重厚さを強く示す要素として、極めて現実的で苛烈なアクションシーンがあります。
 主人公の用心棒バルサは、短槍使いとして屈指の強さを誇り、追ってくる狩人たちと激闘を繰り広げます。狩人たちももちろん皆精鋭揃いであり、互いにギリギリの状況で命のやりとりをすることになります。
 さすがに、「ロトの紋章」や「雷火」で幾多のバトルシーンをこなしてきた藤原カムイだけあって、アクションシーンの構図のうまさ、戦闘の駆け引きの描写のうまさは健在です。互いに巧みな体さばきを駆使して、相手の攻撃をギリギリでかわして攻防を繰り広げるシーンの数々は、このマンガ最大の見せ場とも言えます。

 そして、そんな見せ場たる戦闘シーンで、もうひとつ見るべきポイントとして、「攻撃を一発でも食らえば即致命傷」とも言える、苛烈な現実性を描いている点が挙げられます。リアルな世界設定を持つハイ・ファンタジーにおいては、もちろん戦闘での命のやりとりも現実そのものであり、剣や槍の攻撃を一撃でもまともに喰らえば、その時点で即死はまぬがれません。あるいは、かすった程度の攻撃でさえ、斬られどころが悪ければそのまま重傷になることも珍しくありません。事実、狩人の一人は、バルサの一撃を薄く顔に受けただけでそれが勝敗を決する一撃となり、狩人のリーダーもバルサの頭への打撃一撃だけで昏倒しています。対するバルサの方も、狩人の一撃を体の側面に受け、傷自体は浅かったものの出血が止まらず、時間が経つに連れてそれが致命的な傷へと変わっていきます。

 このマンガの戦闘には、派手な必殺技や魔法などは一切出てきません。純粋に剣戟による攻撃のみで構成されています。しかし、そんな武器の攻撃を、一撃でも食らえば即致命傷という、非常にシビアな描かれ方をしているのです。

 また、本気で敵を殺そうとする苛烈な描写も見逃せません。狩人が呪術師トロガイを襲うシーンでは、地面に押し倒したトロガイの首を、なんの躊躇もなく一撃の下にかき切っています。そこには、人を殺すことをためらうような心情は一切描かれていません。個人的にもこのシーンだけはかなり衝撃で、まさかガンガンでこのようなシーンが見られるとは・・・とひどく驚きました。

 そう、こういったシビアで苛烈な戦闘シーンは、今のガンガンの他のマンガではまったく見られないものです。今のガンガンは、低年齢向けの少年マンガを志向しているのか、派手な必殺技や魔法はやたら登場し、画面を覆い尽くすほどのすさまじい攻撃が展開されますが、それだけの攻撃でも中々人が死んでくれません。なぜか攻撃が当たっていなかったり、当たっていてもダメージをやたら食らいつつなぜか耐えています。大体において、派手な攻撃ではるか遠くに吹き飛ばされ、壁などに激しくぶち当たってもほとんど死なないのだから、ある意味異常です(現実なら、自動車あたりとぶつかって10メートルも吹っ飛ばされたら、まず即死でしょう)。

 まあ、それが少年マンガのひとつのあり方だと思いますし、そういった作品があっても別に構わないでしょう。しかし、この「精霊の守り人」は違います。一撃で即致命傷という極めて現実的でシビアな戦闘、躊躇のない殺人を描くという苛烈な描写と、他のマンガとは明らかに一線を画しています。ガンガンの中でも、極めて高年齢向け、大人向けだと言えるこの作品ですが、それがこの戦闘シーンにおいて、もっとも色濃く表れているようです。


・地味ながらハイレベルな優秀作品、しかしガンガンでの存在感は極めて薄い。
 以上のように、この「精霊の守り人」、かなり地味な作風ではありますが、作品のレベル自体はおしなべて高く、卓越した画力で見せる見事な世界観、個々の人物を徹底的に掘り下げる深いストーリー、当たれば即死の現実的で苛烈な戦闘描写など、多くの見所を持つ重厚な作品に仕上がっています。「さすがに藤原カムイの実力は一味違う」と、改めてベテラン作家の仕事ぶりを堪能できる内容です。

 しかし、これだけの作品でありながら、このマンガは、今のガンガンではまったくと言っていいほど人気を得られていません。掲載位置もどんどん遅くなり、誌面での存在感は極めて薄いものとなっています。あまりにも高年齢向け、大人向けの作風が目立ち、一見しただけで今のガンガン内で浮きまくっていることは明白で、人気を得られていないのも一目で分かるような状態です。今のガンガンの読者で、このマンガを熱心に読んでいる人は、非常に少ないのではないでしょうか。コミックスも、発行部数は極端に少なかったようで、ほとんど出回っていません。同時発売のほかのガンガンコミックスと比べても、扱いの低さばかりが目立ってしまいました。

 正直なところ、このような地味かつ高年齢向けの作品は、今のガンガンではまず日の目を見ることはなさそうです。このようなマンガならば、読者年齢の高いヤングガンガンか、Gファンタジーあたりの掲載の方が妥当なようにも思えます。もっとも、ヤングガンガンでの掲載は、藤原カムイの他の現行連載との重複を避けたために見送られた可能性はあります。あるいは、他のメディアミックス作品が誌面に存在しているために、それとの重複を避けたのかもしれません(これはGファンタジーの方でも言えています)。

 そして、そのためにガンガンでの連載になったのだとするならば、この作品はかなり不遇だったと言えます。一昔前のガンガンならば、まだこのような青年誌寄りの作品でも受け入れられたでしょうが、低年齢向けメジャー路線を取る今のガンガンでは、このマンガが受け入れられ、人気を得られる余地はほとんどないような気がします。このような高年齢向けのコアな読者を対象とするマンガは、むしろスクエニ以外、アフタヌーンやコミックリュウあたりの連載が最もふさわしいかもしれません。原作やアニメ版の知名度が高く、かつ非常に高い評価を受けている状態であるにもかかわらず、コミック版だけが日の目の当たらない場所に連載され、ただひとつまったく注目されていないというのは、あまりにも残念なことだと言えるでしょう。作者である藤原カムイにとっても、この扱いはひどく不遇であり、このようなメディアミックス企画を強制した編集部にも、ひどく疑問を感じざるを得ません。


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