<黒執事>
2006・12・20
「黒執事」は、Gファンタジーで2006年10月号から開始された連載で、Gファンタジーで久々に登場した期待の新人作品、といった趣きの作品です。作者は新人の枢やな(とぼそやな)。
この枢さん、昨年の同時期より「RustBlaster」と呼ばれる作品で連載デビューしました。しかし、この作品、当初の期待ほどには面白くなく、半年ほどの短期連載で終了し、その後しばらくの間誌面に登場することはありませんでした。同時期のもうひとりの新人・望月淳の「Crimson-Shell」がかなりの人気を得て、同じく半年で終了するも直後に新作の長期連載(「Pandra Hearts」)を開始、これも大きな人気を得たのとは対照的です。同時期の新人作家として、双方で明暗を分けてしまったと言えます。しかし、「RustBlaster」の終了後約半年を経て、第二作であるこの「黒執事」を開始します。これは、正直ひどく平凡な作風だった前作とは異なり、実に尖った面白さを持っており、当初からかなり読者人気が高く、スタートダッシュに成功します。元々は短期連載で様子見の予定だったようですが、この人気を受けてめでたく長期連載化が決定します。
内容的には、昨今オタク系女子の間で人気の(?)「執事」をネタにしたマンガで、絵的にも耽美系の女性向けと言えるもので、スクエニ系でも女性向け要素の強いGファンタジーの誌面のイメージに近い作風であると言えます。しかし、実際には、単なるありきたりな「執事マンガ」ではなく、破天荒なギャグと設定で序盤からかっ飛ばしており、執事ものとしては完全に異色の作品になっています。
・「RustBlaster」から「黒執事」への流れ。
さて、この「黒執事」の前に連載された、作者のデビュー作である「RustBlaster」とはどんなマンガだったのか。これは、少年たちが主人公の「ファンタジー学園もの」といった内容で、主人公たちがみなヴァンパイアであるという「吸血鬼もの」でもありました。そして、耽美的な画風で節々ににBL(ボーイズラブ)的な要素も垣間見える作品であったことが特徴的です。これは、元々女性読者が多く、かつて少女マンガ誌であった「ステンシル」からの移籍作品も多いGファンタジーの誌面には合っていたとも言えますが、それ以上に多くの読者に抵抗があったことも事実です。いくら女性寄りの誌面であるとはいえ、「ぱにぽに」や「To Heart2」のような男性に人気のある連載もあり、女性読者でも露骨なBLには抵抗を感じる読者は多く、Gファンタジーでは一般受けしない作風であったことは明白でした。同時期の新連載であった「Crimson-Shell」が、その中性的な作風で人気を得たのとは対照的でした。
また、BL要素以前の問題として、そもそも作品の内容も平凡でさして面白さは感じられませんでした。ファンタジーで学園ものと、Gファンタジーでは(あるいはスクエニでは)ありがちなジャンルであるとも言え、ストーリー的にも平凡で見るべきところは少ないものでした。そのため、連載当初から、(一部のBL好きの女性読者は例外として)さして話題を呼ぶことなく、半年ほどの短期連載で終了してしまいました。そして、その終了からしばらく置いて、この「黒執事」が始まります。こちらは、絵から受ける耽美的なイメージはさほど変わりませんが、内容的にはBL色はひどく低減され、設定やストーリーも最初から相当に捻ったものになっており、必ずしも(女性向けの萌え作品としての)典型的な「執事もの」にはなっていませんでした。これは、前作「RustBlaster」が受けなかった反省から、それとは異なる作風で作られたと推測できるもので、そしてこの作風の転換は見事に功を奏した感があります。これならばGファンタジーの読者に幅広く読まれる連載になると思われます。
・超スーパー執事の活躍ぶりが笑える。
まず、このマンガの面白いのは、見た目の美麗な絵柄とは裏腹に、基本的に完全なギャグになっていることですね。
イギリスの名家であるファントムハイヴ家の御曹司・シエルに仕える執事・セバスチャンの、ありえないほどの超人的な活躍ぶりを描く、というのがその内容で、そのバカバカしい超人的な活躍が最高に笑えるギャグマンガになっています。実は、執事をネタにしたギャグ自体はさほど珍しいものではなく、むしろひとつの定番とも言えるかもしれませんが、それをここまで徹底的にやられるとやはり面白い。設定的には、執事が実際に存在していた19世紀イギリスの貴族の屋敷が舞台で、執事以外にも家令(ハウススチュワード)や庭師(ガードナー)、料理人(シェフ)、家女中(ハウスメイド)など、実際にあるべき当時の使用人たちも登場し、かつ執事の日々の有能な仕事ぶり、特に料理やデザート作りへの造詣の深さの描写が見られるなど、かなりまじめに執事を描いている点もあります。しかし、そのようなまじめな設定で、かつシリアスで美麗な絵柄で描かれた執事が、あまりにもバカバカしい非現実的な活躍を繰り広げるというギャップが面白い。連載第1回めから、そのようなギャグが冴え渡っており、これは作者の前作よりもかなり面白いな、と感じさせるもので、スタートダッシュとしては十分な面白さを見せてくれました。
・なにげに設定、ストーリーも面白くなってきた。
しかし、このマンガの場合、そのようなスーパー執事の活躍を描くギャグだけでなく、実はストーリーにもかなり力が入っているのがポイントです。
やはり、「執事を巡るギャグ」というだけでは、これまでにも同類の作品がありますし、確かに面白いことは面白いが、それを繰り返すだけではいずれマンネリにもなるだろうと思っていました。しかし、連載開始してしばらくして、実は意外にもかなり本格的な設定・ストーリーが登場し、一気に盛り上がってきました。主人公の執事が仕えるファントムハイヴ家は、表向きは大手玩具メーカーを経営し、主人のシエルもそこの社長業を営んでいるのですが、実は裏ではイギリス政府(女王陛下)のために汚れ仕事を手がける「悪の貴族」であり、イギリスに麻薬を持ち込もうとするマフィアを退治する役目を負っています。そして、そのマフィアにシエルがさらわれ、黒執事・セバスチャンがその超常的な能力で救出に向かうという、当初の執事の日常ギャグ全開の展開からは予想もしなかったストーリーに突入します。
そして、この話が実に面白い。黒執事は、単に執事としての能力がすごいだけでなく、なぜか異常な身体能力・戦闘能力まで持ち合わせており(その理由はのちに判明しますが)、その凄まじい戦闘ぶりが非常に「笑えます」。これが、ごく普通のアクションヒーローものならば、別に笑うシーンでもないのですが、このマンガでは、「単なる執事がそこまでの凄まじい戦闘力を発揮する」という、そのギャップが最高に笑えるのです。そして、その圧倒的な能力で敵を撃退しておきながら、次の瞬間には執事の役目に戻った言動を取るという、そのギャップも面白い。
・というか、これは「HELLSING」ではないのか。
しかし、このようなマンガの設定、特に執事の超戦闘能力を見るにしても、なにかこのマンガは、あの「HELLSING」(平野耕太)を元ネタにしているんじゃないかと思われる節が多々あります。特に、第4話の戦闘で見られた、黒執事の超越的な耐久力(銃で撃たれても傷ひとつ負わない)あたりの描写では顕著で、このシーンで黒執事が人間ではないことが明かされるのですが、そのあたりの設定に特に影響が感じられます。そのほか、個々の設定でいろいろとかぶるところがあり、直接的・間接的に何か影響を受けているのでは、と思わずにはいられません。具体的には、
そもそも、「黒執事」という名前だけならば、それだけで「HELLSING」に登場する執事(ウォルター)を連想してしまいますし、そしてこのような圧倒的な戦闘能力、特に不死身とも言える身体耐久力は、「HELLSING」の主人公であるアーカード(やアンデルセン)を思い浮かべます。どうも、この黒執事というキャラクター、「HELLSING」のウォルターとアーカードを足して二で割ったような設定になっていると言えなくもありません。
- 黒執事の主人が大英帝国の女王陛下に仕える存在である。
- 女王陛下の下で、国家に害をなす悪を倒す任務についている。
- 黒執事が人外の存在であり、悪に対する最大の戦力として描かれている。
- 黒執事が超越的な戦闘能力、特に不死身とも言える身体耐久力を有している。
- 黒執事は少なくとも100年ほど前から生きて、(悪と?)闘っていた。
・Gファンタジーの新しい戦力として、大いに期待できる。
そして、作中での黒執事の圧倒的な戦闘力だけでなく、この「黒執事」というマンガ自体も、掲載誌のGファンタジーでかなりの戦力として期待できる作品になりつつあります。元々、「執事」という、オタクの間ではひとつの定番となりつつある設定のマンガということで、連載前から雑誌編集者の側でかなりの推進ぶりが見られたのですが、実際に始まった作品は、元の「執事」のイメージを大幅に打ち破るかのような破天荒なマンガとなっており、読者の反応も良く、さらに連載に期待が膨らみました。雑誌内でも他の長期連載陣と同格に扱われており、センターカラーになることも多く、最近では雑誌の前の方にまで掲載されています。完全に雑誌に定着したと見てよいでしょう。最近のGファンタジーは、これといった力のある新連載、特に新人の作品が登場しておらず、雑誌自体が少々停滞しているように感じられます。その中でも、この「黒執事」は、数少ない新人による期待作で、同時期のもうひとりの有望な新人・望月淳による新連載「Pandora Hearts」と並んで、貴重な新人作品となった感があります。今のGファンタジーでは、このふたつの新作が雑誌を引っ張っているようにも見えます。
かつて、作者の前作「RustBlaster」は、さほど人気を得ることなく終了し、同時期の望月淳による短期連載「Crimson-Shell」が成功を収めたのとは、全く対照的な存在となってしまいました。その後、望月さんの方が、好評を受けてすぐに次回作である「Pandora Hearts」を連載開始した一方で、枢さんの方はしばらく連載がなく、このまま立ち消えになってしまうのかとも思っていたのです。しかし、遅れて登場したこの「黒執事」が見事に成功し、言わば敗者復活のような形で、ついに雑誌の連載陣に加わることに成功したようです。これは、雑誌にとっては大きな朗報であり、今後のGファンタジーを支える貴重な一作として期待できそうです。
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